顧客満足度向上取り組みの一環としての英語研修

今回は「顧客満足度向上」の取り組みの一環としての英語研修について紹介します。そもそも社員の英語力向上を手伝うのが英語研修。そう考えると、「顧客満足度向上」はむしろビジネスのコア部分であり、英語研修からはほど遠いイメージがあります。しかし、私たちの英語力の根底には、私たちのマインド(ものの考え方や態度、勇気や危機感)が絡んでいて、ここに光を当ててはじめて、実践的英語のドアが開き、ひいては最終ゴールである「顧客満足度向上」に近づくのです。

目次

 

1.「知っている」と「できる」は全く違う

某自動車メーカーでの話。海外からの問い合わせや取引先から受ける連絡への対応が遅いのはなぜか?という話になりました。日本語のメールと違い英語のメールは英語への苦手意識を理由に先送りされていることがわかりました。社員のほとんどが大学受験でもそれなりに英語を勉強してきたはずです。あるいは中学校・高校の英語を駆使すれば十分対応は可能なはずです。それでも英語のメール、英語の会議、英語の対面、これらを渋る背景にあるものは何なのでしょうか?

 

私たちは学校でそれなりの時間をかけて英語を学んできたはずです。しかしそれは知識の量や、正確性を競うものであり、試験対策的な小手先テクニックみたいなものが中心で、生身の人間をいかにして説得するかという実践面での体験は皆無に近いというのが実情です。私たち日本人の多くがその弊害を企業で働く段階になってやっと実感することになります。つまり「知っていること」と実際に「できること」が全く別物だということに気が付くのです。

2.そもそも顧客は何を求めているのか?

「英語の知識はあっても、実践の体験が皆無」という一つの結論が出ました。しかしここにはもっと大きな問題が潜んでいます。英語力不足に悩む社員へのヒアリングで感じたのは経営層と現場層の意識の乖離でした。経営層は、言語という最前線で対応が遅い、対応を渋ることは、そのまま競合に顧客が流れてしまうことを意味すると考えている一方、現場層では、機会損失という発想よりも、自分自身の英語力不足を嘆くコメントの方が多かったのです。組織内におけるこうした意識の乖離は、一介の英語講師の力だけでは何ともできません。英語の「知っている」を「できる」にシフトするよりももっと前の段階に私たちがいることを知りました。つまり英語の議論よりも前に、ビジネスに対するマインドの共有が目前の課題だということです。

 

その企業にまず提案したのは、危機感の共有でした。少なくとも自社の幹部が話す限りは、社員もきっと相応の関心を持ってくれるだろいうという認識を人材教育施策チームと共有しました。ただ、経営幹部と現場の温度差を考慮し、経営幹部→マネージャー層→若手、という職層からもメッセージを発してもらうことにしました。

 

彼らの発案で、頻繁な海外からの来訪者や社内の外国人エンジニア、取引先に率直なアンケートを取ることにしました。つまり顧客満足度を探る第一歩です。そこでつまびらかにされたのが、「対応の遅さ」でした。日本人が恐れている、英語の拙さにまつわるコメントは予想外に少なかったです。「粗削りの英語でいいから、まずはYesなのかNoなのか知りたい」顧客満足といっても実にシンプルな中身だったことに関係者は皆啞然としました。

3.若手・マネジャー・経営幹部を巻き込む

英語講師の出番は少し先になってしまうのですが、ここは焦らず外堀から攻めていこうということになり、取引先や顧客が何にストレスを感じているのか、そしてそれがビジネスにどのような影響を与えるのかを、各職層にプレゼンをしてもらうことにしました。聴衆はこれから本格的に英語学習に取り組むことが期待される比較的若手のスタッフやマネージャー層です。プレゼンに当たっては、聴衆がエンジニア集団だったこともあり、あまり根性論や抽象的スローガンにならないよう留意しました。その代わりに、可能な限りデータを集めて、数字から各自に感じてもらうことにしました。

 

何でも感覚的にとらえてしまう私が驚いたのが、データドリブンを共通語とした途端、各自が次々と様々な数字を集計して資料を作り出したことでした。例えば、各部署における外国人社員の人数や占有率。全会議における英語会議の占有率。また部門間での数値の違いなどなど。数字とグラフで語るプレゼン資料が出来上がりました。

 

私も聴衆の1人として彼らのプレゼンを聞いたのですが、「英語の必要性」などを語るまでもなく、様々な角度から、「英語を理由に門戸閉ざしていたら、もう先はない」という危機感を抱きました。これにとどめを刺したのが、先述の顧客アンケートの集計結果でした。私たちが脳内であれこれ思いめぐらしている「英語の正しさ」「ネイティブらしい英語表現」などは全く俎上に上がることはなく、一にも二にも、「対応が遅い」「回答があいまい」というもので、これは英語以前のコミュニケーション態度の問題であり、国語運用力の問題でもあることがわかりました。

4.知識と行動の逆転

先輩社員や幹部たちの淡々と数字を示しつつも、熱い思いや危機感が込められたプレゼン。社員の顔色はどんどん変わっていきました。ここでいつもの日常に戻ってしまってはもったいない。正味数十分のプレゼンのあと、私の英語学習法講義が始まりました。個ここでの私の役割は、冒頭でも触れた「苦手意識を理由に外国人とのコミュニケーションを先送りしない」よう社員に喚起していくことでした。

 

私の講義では、様々なペアワークを提供します。ここで常に強調するのは、「正確性はのちのちのライティングで、迅速性はスピーキングやメールやチャットで」ということ。つまり、英会話のペアワークでは、表現としての正しさを犠牲にしてでも、タイムリーに言いたいことを7割伝えることに徹していただきました。周辺情報はさておきコアとなる情報を真っ先に相手に伝えるスピーキングスキルは、そのままリスニングにも応用できます。適当にみつくろった音声データを聞いてもらい、「細かな理解はさておき、この話者は、提案に反対しているのか賛成しているのか?」というような結論だけに意識を向ける演習も体験いただきました。

 

そうなんです。講演って、人の話をじっと聞くイメージがあると思うのですが、少なくともビジネス英語は違うのです。経営幹部が抱いている危機感を全社内で共有するため、一にも二にも、実際に書いたりしゃべったりしてもらい、「このラインなら現場でもできる」というプチ体験をしていただくことがメインなのです。研修や講演中に小職が話す時間はおそらく50%を切っているかもしれません。なぜなら危機感は、自分で体を動かしてはじめてわかるものだからです。講演と言えども、「頭だけでわかる」は絶対回避しなければならないのです。必ず、その場を出てから、実際にオフィスで、会議室で、工場で、店舗で、彼らが英語を使えるように、仕向けていく。それがビジネス英語講師の役割なのです。

 

こうしたことからアンケート結果における「ためになった」や「勉強になった」「目からうろこが落ちた」というコメントは、あまり重視していません。講演や研修では、受講者を惹き付けるため、「英語の楽しいジョーク」「英文法上級テクニック」「ちょっと差がつく英語表現」などの知識が期待されます。しかし、「顧客満足度を上げる」という課題において、こうした英語のフリル的知識は不要なのです。したがって研修の感想においても、「来月の会議で実践してみます」とか「メールの先送りはもうしません」のような実践寄りのコメントがどれだけいただけるかに、講師も教育施策関係者も注視することになります。

5.プチ外圧をうまく使おう

長い間緩い環境で眠っていた意識は、ちょっとやそっとでは目覚めないものです。講演や研修で一時的に触発されても、日々の生活でリアルな困りごとに直面しない限り、どうしてもその熱は冷めてしまいがちです。これまで自動車メーカーの事例をご紹介しましたが、最後は空港の接客系の事例をお伝えします。

 

英語研修を受けた社員に顏の割れていない外部講師を「外国人の旅行者」役でコンコースをうろつかせ、突然社員に話しかけます。いわゆる抜き打ちテストみたいなものです。これはオフィス系であれば、電話でもできます。リアリティを持たせるためには、あらかじめサクラと教育施策担当者とで綿密に打ち合わせをしておきます。こうすることで、電話の内容もリアルになるので、社員も真剣味も違ってきます。

6.使えるものは何でも使おう

幸い昨今は、Chat GPTをはじめとする、様々な自学コンテンツがたくさんあります。講演や研修がショック療法だとすると、こちらは地道なスキル鍛錬領域に当てはまります。マインドだけ刺激しても、そこには一定の日常的な自主トレも必要です。研修のような限られた時間内で賄うより、自学コンテンツを導入する方がコストパフォーマンスははるかに高いと言えるでしょう。

以下自学コンテンツを紹介します。

1) 早朝リスニングトレーニング

朝の細切れ時間にちょっと聞くだけで、リスニングのコツがつかめます。

2)聖書で英語学習

聖書の英文は、かなりのハイコンテキスト(背景知識や文脈推測力を総動員して何とか理解できる)なので、議論において抽象度の高い思考が求められる立場のビジネスパーソンにはかなりお勧めです。また、欧米人の思考の根底にあるキリスト教的発想に慣れておくためにもこの動画は有効です。

3) 日本人の宗教観を英語で説明

キリスト教についても一定の認識を持ちつつも、やはり決め手は自分達の宗教観を言語化できるようにしておくことです。英語圏で、無宗教と言い切ってしまうとかなりインパクト(時に誤解を生む)があるので、ある程度言葉を選んで伝える必要があります。

4) 「聞くだけ」英語スピーキング

実際に話す機会がない学習者のための、耳から始める英会話。英語スピーキングは、実際に声を出して話すことが効果的ではあるものの、実際に高度な内容を議論する際には、事前に発言内容をシミュレーションしたり、簡単な構成メモを作ったりと、頭の中で英語を組み立てるイメージトレーニングもかなり有効です。

4)ひとまず通信講座に丸投げもあり!?

ビジネス英語といっても、プレゼンとネゴシエーションさえ押さえればあとは何とかなるというのが、外資系企業でプロダクトマネジャーを務めてきた私の感想です。

【本ブログ著者監修のプレゼンテーションの通信講座(ガイダンス動画)】

【英語でビジネスコミュニケーション実践編:プレゼンテーション・ネゴシエーション(詳細情報)】

 

7. まとめ

いかがでしたでしょうか?「顧客満足度向上」という課題の背景には、「英語以前」あるいは「英語以外」のもっと根本的な克服課題があることと、そのソルーションのひとつとしての英語研修の実施手順を見てきました。コミュニケーションの課題を「知識のさらなる学習」に先送りすることなく、英語を可能な限り実践マインドを稼働させるツールとして活用いただければ幸いです。