法人向け英語研修で何ができるのか(実例紹介)~グローバル・語学人材育成のヒント

英語には「楽しい領域」と「しんどい領域」があります。続けられる英語学習にとって「楽しい領域」が重要なのは言うまでもありません。しかし「しんどい領域の制覇」なくして楽しい領域には到達できません。そして法人向け英語研修でなければできないのがこの「しんどい領域」だと言えます。あるいは「しんどい領域」を牽引する「楽しさ」を徹底的に体験してもらうのも研修の存在意義と言えるでしょう。

 

溢れる教育コンテンツや精鋭の学習理論は「楽しむ」自己学習にとってはとてもありがたい存在です。しかし、そういうツールや理論を知っていることと、しんどさ抜きでは語れない実際の英語習得との間には、大きな隔たりがあります。この隔たりをいかにして埋めていくかも法人英語研修の重要なテーマです。

 

 

1.属人的モチベーションの限界と法人向け研修の役割

昨今の劇的なAI進化、あふれる教育コンテンツ。こうした環境であれば、今の時代は英語自己学習の好機にあふれているといえるでしょう。実際私自身も、Chat GPTやGoogle Bardを日々活用して、AIの恩恵に浴しています。

こういうAI全盛期における英語自己学習の課題と、法人向け研修の役割を見ていきましょう。

1)そもそも自己学習に有益なコンテンツを見つける力

昨今の学習者は常に自分に合った学習コンテンツを探しています。私自身、例えば新しい外国語を学ぶ際、出版物であれ動画コンテンツであれ、最初から最適解を見つけることはまずありません。あちこち色々と試したあとで、最終的に「これでやろう!」という教材が絞り込まれていきます。その絞り込むまでの期間は、1週間程度で済むこともあれば、数か月後にやっとみつかることもあります。納得いくコンテンツとさえ出会えれば、語学は8割方上達が約束されたものとなりますから、ここはどれだけ時間がかかっても避けて通れないステップです。その点、法人向け研修であれば、こうした教材のハシゴの浮遊期間を最初から回避できます。

2)有益なコンテンツを継続使用していく力

やっと見つけた有益なコンテンツであっても、その後継続的に使用していかなければ実力にはつながりません。私自身にも、それなりの時間をかけてやっと見つけた有益なコンテンツがありますが、それらを継続して使っているかというと微妙だったりします。こうなってくると、コンテンツの質以上に、学習者本人の継続力が語学上達の決め手であることがわかります。その点法人向け研修であれば、学習者の嗜好・指向にある程度配慮しつつも、最終的には、「継続使用」に徹するので、一度選んだコンテンツの歩留まり率は上がります。

3)グローバルコミュニケーションの前提となる高い自己肯定感を裏支えする英語力

受験英語の恩恵に浴してきた私自身、受験英語は私たちの英語力の基盤づくりにかなり貢献していると考えています。ただ受験英語で培われる自己肯定感の質と、社会で英語を運用する際に求められる自己肯定感の質が、微妙に違うように感じています。

 

前者は、大学合格というペーパーテスト上での自己肯定感。後者は「粗削りな英語でコミュニケーションの海を渡っていく大胆さ」に近いような自己肯定感であるように思います。おそらくこの違いを認識しない限り、「間違いを気にしないで堂々と英語を話す」というステージにはなかなか進めないように思います。

 

法人向け研修の場合、一番のコンフォートゾーン(自分に何ら冒険が不要な快適な空間)であるペアワークから、小グループ、そして大人数の前でのプレゼン(ビジネスゾーン)へと、フォーマル度を段階的に上げていきます。フォーマル度が高くなればなるほど、自分を根底から支えてくれる「安定的自己肯定感」の重要さが身に染みてわかることでしょう。自己肯定感は内省のようなうちに向かうワークだけでなく、半強制的に多様な他者が絡み合う外側に自分を解放させていく「環境的な仕掛け」がある程度必要です。まさにこの部分は法人向け研修が得意とする領域です。

【コンフォートゾーンからビジネスゾーンへの誘導マップ】

4) 社内教育リソースの徹底活用

通信講座を始め社員向け教育コンテンツが充実している企業があります。こうした社内教育リソースの運用で難しいポイントが二つあります。一つ目はそもそもそれを必要とする社員に届きにくいということ。もう一つは社員自身、一体どれが自分の業務や将来のキャリアに必要なのか見極めが難しいこと。

 

以前某大企業の教育ラインナップを見せていただいたことがあるのですが、そのボリュームの大きさから、社員はどうやって自分に必要なプログラムを見つけていくのだろうかと思ったことがありました。こうした傾向は英語になるとなおさら強まります。例えば発音矯正プログラムがあるとします。中には本当にそれをやらないと全く通じない英語を話してしまう社員もいるかもしれませんが、果たしてそういう社員がそこにアクセスするかどうかはわかりません。一方、生真面目な社員であれば、すでに現行の発音で全く問題がないのにもかかわらず受講することも考えられます。

 

こうした問題に対して、法人向け英語研修では、まずは現行の社内研修プログラムを一覧化し、各自の業務や少し先遭遇すると予想されるビジネス展開と紐づけし、その上で各自に選択を促すことができます。特に通信講座系やウェブ系は、それを社内教育プログラム体系に組み入れた時点で教育施策完了とされてしまい、あとは放置されることも多いです。その結果、せっかくのネイティブ英語講師によるウェブ上の英会話レッスンも、「趣味の英会話」に終わり、本業の充実と拡大にはほとんどつながらないこともあります。(もちろん福利厚生の一環であればこれはこれで意義はあるとは思いますが)こうした現状を踏まえ、それぞれの教育プログラムの利用術について指南していくことも法人向け英語研修の役割の一つと言えるでしょう。

 

 

2.見えないニーズの見える化

英語のやっかいなところは、「ビジネス戦闘態勢なのに英語という弾が使えない」状態と、「英語という弾があってもビジネス戦闘態勢には未達」の状態です。ここを脱却する方法は二つあります。

 

一つは、前者の人材に英語という弾をなるべく短期間で持たせてしまうこと。もう一つは、前者と後者双方の人材コンビネーションで乗り切ることです。

 

ただ、どちらの戦術で行くにせよ、スピード感が重要です。そもそもビジネス戦闘態勢ならば、英語力は待ったなしですから、Chat GPTであれ自動翻訳であれ使えるツールは総動員して「手持ちの英語力フル稼働」で臨まなければなりません。何年もかけてTOEICスコアを上級レベルに持っていくような悠長な時間はないでしょう。

 

一方、ベテランビジネスパーソンと英語力人材を掛け合わせる際も、ベテラン社員は急ピッチで本業について英語力人材に伝える必要がありますし、英語力人材も持ち前の吸収力で大急ぎで知識を受け取る必要があります。

 

まさにこうした時間感覚こそが、企業現場では見えにくいニーズだと言えますし、この緊迫感は教育施策や人事など、むしろビジネス現場と一定の距離のある部門の方がかえって冷静に把握できたりします。「目前業務に追われる現場だからこそ見えない課題やニーズの掘り起こし」これも法人研修業者を含む教育施策関係者の腕の見せどころです。

 

3.退屈で苦痛な積み上げに創造性をミックスする

語学以外の勉強であれば、最も得意とする日本語を使っての知識吸収であるため、語学ほど反復することはありません。日本語の本を読む場合でも、多くて2-3回読めばよいほうで、たいていは一回読んで読了とすることが多いのではないでしょうか?次々と新しい知識に挑戦できるため、日本語での学習は飽きにくく、知的好奇心が常に刺激されます。

 

一方、英語はそうはいきません。リスニング力を鍛えるためには同じコンテンツをあの手この手変えて何度も聞きます。リーディングにおいても実務に耐えうる速読力鍛錬となると、はやりあの手この手を使って同じコンテンツを繰り返し読むことでスピードを上げていきます。

 

つまり反復の習慣を獲得した人から順番に英語はうまくなっていきます。ということは、この反復に相応の工夫が必要だということです。まずは反復に値するような魅力的なコンテンツであること。そして、反復のやり方に変化をつけて飽きがこないようにすること。また、完全に同じ内容での反復ではなく、似たようなコンテンツを色々と当たることで、結果、重複する部分から身についていくような仕掛けも大切です。

 

反復をモノにするルートを簡単な図に表してみました。まずは興味があるコンテンツであることがスタートです。ただどれだけ好きでも同じコンテンツではいずれ飽きてしまうので、ここで反復を飽きさせない「方略多様性」がポイントになります。これはTOEICコンテンツなどでもよくやるのですが、リスニング問題として聞き古した感があるコンテンツであれば、次はシャドーイング教材として再利用し、それにも飽きたら、今度は発信練習用教材として再々利用していきます。また、「このコンテンツは暗記するくらい自分に浸透させたい」という気持ちを喚起するためには、当事者性の高いコンテンツを使います。つまり可能な限り自分の業界や業種に関連するものを選びます。またそういったものが市販で出回っていない場合には、Chat GPTなどを使って、自分の業界・業種に特化した独自の英語オリジナルスキットを作るのも一計です。

【退屈な反復を乗り越えるためにも”好きであるもの”は大切】

【自分の業務に直結した英語なら反復→暗記にも納得できる!?】

【聞き倒した教材はシャドーイングで仕上げる】

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4.  実例紹介:高速吸収型集団

1を聞いて10を知る人が多く集まっている企業や、英語学習を個人裁量に可能な限り任せたい場合、必要最小限の学習ヒントだけを凝縮した講演スタイルが最適です。以下が大まかな実施フローです。

1)先方人事・教育担当者とのコンセプトすり合わせ

費用対効果を考え、可能な限り該当者をカバーできるよう、内容のレベル調整、日時、場所(Web含む)を調整します。

2)2~2.5時間程度の講演実施

知識を自分の状況に合わせてうまく取り込める集団の場合、英語学習の最短距離を見せて、やらせて、チューニングさせ、後日個人的な疑問に応え完結させる流れがよいでしょう。講演の2大メリットは、何よりも手離れの素早さと、その後の自学の個別最適化にあると言えます。

3)Q&Aを後日、社内イントラ展開

大人数向けの講演のあと、個別の質問は、Webなどで受け付けてもよいでしょう。また、各種通信教育系が充実している企業の場合、既存サービスの認知喚起と稼働率向上も重要な課題となります。既存サービスであれば新たな教育コストも最小限に抑えられますし、何よりも自学マインドの社内文化の醸成にもつながるからです。講演はメインイベントのイメージがありますが、一過性に終わりがちなイベントよりも、その先にある社内に眠っている様々な教育リソースの再活用という課題の方が、長期的学習浸透という点でははるかに重要です。講演では、社内の教育サービス一覧を紹介しつつ、各自の選択を促すようなアドバイスを提供する時間を設けます。

 

5.実例紹介:エンジニア集団

エンジニア集団の主な強みは2つあります。一つは理屈で納得するとそのあとの学習がスムーズに進むこと。もう一つはプロジェクト管理感覚でマイペースで学習を進めていけることです。以下がおおまかなステージです。

1)先方人事・教育担当者とのコンセプトすり合わせ

現場で求められている英語のレベルと特徴を確認します。すり合わせの際、現場で実際に英語を使っている社員にも参加いただくことがポイントです。なぜならば、多忙な現場は英語を「簡易化」「リソースの節約」へと意識が向かいます。こうした視点がないと、英語だけが独り歩きして、より高いレベル、より努力依存型学習になってしまい、学習者本人のリアリティからかけ離れてしまう可能性があるからです。

2)1回2~3時間程度の定期レッスンの実施

標準的なのは隔週実施です。つまり第一火曜日のレッスンの次は第三火曜日となるようなペースです。授業で体験したことを自分のレベルや特性にチューニングしていただくにはそれぐらいの期間が必要です。期間は2か月から3か月あたりが妥当だと思います。多くの社員の関心は本業にあるので、英語そのものに熱量を向けられるのはそれぐらいの期間と考えておいたほうが無難です。また、多少きつめの内容でも、2か月限定であれば頑張りきることも可能です。やみくもに頑張るというのを最も苦手とする理系人材は結構多いです。まずは心理的ハードルを可能な限り下げるため、前半は割と分析的なアプローチを多用し、語学で避けられない「量に訴えるアプローチ」はレッスン後半から組み入れていきます、

3)効果検証

TOEICなどを使った受信スキルの検証と、講師とのフリー会話などでのアウトプットスキルの検証があります。後者については、TOEICのような精密なものではなく、学習者本人が物おじせずに英語を話せるようになったか、メンタル面での成長を確認する程度のものでよいでしょう。もちろんアウトプットも定量測定したい場合には、TOEIC SWや、P360 、その他の市販のアウトプットテストを導入してもよいでしょう。

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6.実例紹介:管理職・役員向けレッスン

管理職の場合、自分自身の英語力を上げることとは別に、自分が学ぶ姿を見せることで集団の学習モチベーションを上げることも期待されます。これは、自学ではモチベーションが続かないメンバーを鼓舞していく上で持っておきたいスキルでもあります。

1)先方人事・教育担当者とのコンセプトすり合わせ

管理職本人の英語力鍛錬の場合、完全プライベートレッスンとして当人と直接打ち合わせをします。一般社員以上に英語学習の時間確保が難しい場合が多いので、目前の実務に直結した内容にします。予定されている海外出張やWeb会議があるのであれば、そこでの発話やプレゼンの準備をします。

2)フレキシブルなレッスンスケジュール

管理職や役員レッスンの一番の特徴が、スケジュールのフレキシビリティです。突発的に会議が入ることもあるので、スケジュール面での応需力が決め手となります。昨今であれば対面の他に、Zoomなどを併用すれば、応需性はかなり担保できるかと思います。

3)レッスン内容

人を束ねる仕事の英語で抑えておきたいのは、組織運営上有効なメッセージを、そのメッセージ性を活かしつつ英語化していくことです。平たく言えば、せっかく日本語では素晴らしいメッセージを発しているのですから、その質を英語でもキープしていこうということです。

 

とある役員レッスンでは、当人がメディアで発してきた珠玉のメッセージを、当人にインタビューしながら一緒に英語化していきました。ここぞというときに借り物の英語や、必要以上に簡易化した英語では、伝わる熱量は日本語よりも低くなってしまいます。熱量も質も可能な限り日本語のそれらと合わせるのが、役員英語習得のポイントです。

4)英語教育の濃淡

待ったなしの管理職や役員の英語戦略と、英語習得まである程度猶予がある社員の英語戦略では、それにかけるリソースの濃淡は違います。教育施策担当者としては、この「相手に合わせて調整する濃淡」という発想が決め手です。

5)  教養という要素の入れ方

管理職や役員層が関わり合う外国人の層は、一般社員のそれとは少し違います。それは雑談の幅に象徴されます。現場に近ければ近いほど、目前の業務に関するやり取りがメインとなり、そこから離れ、組織を統括する立場に近づけば近づくほど、本業から離れた社会的・文化的話題など多岐にわたる会話対応力が期待されるようになります。つまり「教養の力」が暗に試されるようになるということです。

 

会議室では本業に関する議論に終始するのですが、そこからひとたび離れ、会食の席や、コーヒーブレイク、車などでの移動時間となると、むしろ本業とは全く関係ない話題がメインとなります。その話題は大きく、

❶日本人の行動様式に関する話題、

❷国内外のニュース(特に経済面)に関する話題、

❸文化的な話題に分けられます。 

 

❶については、自分自身でも説明できるようになっておきたい話題に絞って、英語トークモデルをあらかじめつくっておくとよいでしょう。これについては以下の動画を参考にしてください。

【外国人の疑問に答える~日本人の宗教観を英語で説明】

❷については、その時々において世界を賑わしているニュースについて、ひとまずは「知っている」をクリアしておけばよいでしょう。なぜならば、❶のように自分なりの英語発言を準備しても、目まぐるしく変わるニュースの世界ではすぐに陳腐化してしまうからです。

 

一方一度仕込むと半永久的に使えるのが❸です。特に海外の文学作品について何か1―2点選び、それについて多少なりとも語れるようにしておくとよいでしょう。もっとも、語る以前に、I have read ~(~について読んだことがあります)」と言うためにも、ぜひ何か一点絞り込んで完読しておきましょう。個人的にはドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟がお勧めです。日本人がイメージされやすい「無神論者(次男イワン)」と欧米の「キリスト教信者(三男アリョーシャ)」のやりとりもあり、欧米人の揺れる宗教観に触れることができます。特に作品からうかがい知れるドストエフスキーの「神を信じようとする姿勢(決して100%無垢に信じているわけではなく、あくまでも姿勢としてそこに向かうべく努力している)」には、私たち日本人にとっても比較的理解しやすい部分ではないかと思います。

【教養は一点豪華主義で~カラマーゾフの兄弟】

グローバルネットワークが広がる中、日本人もいつまでも無宗教、あるいは宗教的無関心と言ってもいられなくなりました。とりわけ日本人にとって馴染みが薄いのがイスラム教でしょう。宗教は会食を含め基本的に表立って議論することはないとは思いますが、一通り知っておくことは必要だと思います。こうした宗教や価値観についての見識を深めるのにお勧めなのがTEDです。宗教を含め人間の多様性に関する領域は、理解以前に「知っている」「一通り学んだことがある」というステージがあり、様々なメディアを通して、ひとまず無知の知を自覚しつつ、謙虚に「学ぶ」という姿勢が大切であり、管理職・役員層には特に期待される領域だと個人的には感じています。

【TEDで日本人になじみの薄い”イスラム教”の世界を覗く】

 

7.実例紹介:モチベーションが課題の集団

「そもそも社員に英語学習の必要性を喚起すること自体が難しい」これは今の日本企業共通の英語教育施策の課題だと私は認識しています。人間はそもそも自分に必要だと思わないことは敢えて学ぼうとしないからです。

1)先方人事・教育担当者とのコンセプトすり合わせ

経営層、人事・教育層、管理職層、一般社員層など、会社の所属層によって「英語学習」に対する認識はかなり違います。打ち合わせに全ての層の人たちを参加させることは現実的ではないので、例えば人事の人たちとの議論の際に、こうした多様な層における英語力の現状や、英語学習に対する認識はどんな感じなのかブレストしてみるとよいでしょう。ひとくちに人事といってもその職歴は元営業、元技術畑、というように多様です。参加者の職業体験なども踏まえて、「わが社の職層別英語観」みたいなものを洗い出しましょう。

2)英語学習を阻む定説を疑わせる

これは英語に限らないことだと思うのですが、何か自分に縁遠いと思わせる領域には、そう思わせる何か定説や先入観があることが多いです。たとえば「英語=難しい」という条件反射的な反応の根底には、受験英語、学校時代の英語の授業、TOEICに象徴されるリスニング・リーディング中心の英語があるように思います。これを「英語=取り急ぎ、自分の考えを即伝えるツール」と再定義すれば、中学英語と基本単語でかなりのことを表現できることを体験できます。他にも「英語=習得まで膨大な時間を要する低コスパ科目」というイメージであれば、昨今のAIツールの活用を前面に出せば、「英語=AIツールを使い”今”伝えたいことを伝えるツール」というような再定義が可能です。

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3)英語の定説からマインドを解放させるには、短時間のセミナーがお勧め

先述のような定説により英語への拒絶反応が染みついている状態で、単語ドリルやら文法レッスンなどを提供しても、学習は一過性に終わります。ここは急がば回れで、「英語=毎日の地道な積み重ね」という一大定説を少し切り崩し、「こんな私でもそれならできそう」と思っていただくことに集中しましょう。そのためにはとりあえず2時間程度のセミナーや講演を実施するのがお勧めです。

4)セミナーのアンケート分析

セミナーや講演終了後、アンケートを実施します。ここでは社員の欝々した英語への思いを吐き出させる狙いもあるので、回答選択肢を選ばせるシンプルなものだけでなく、自由な記述欄を設け、そこに書きたいだけ書いてもらうようにするとよいでしょう。一般的なイベントによくある「このイベントは楽しかったか?」とか「役だったか?」というような抽象的な問いよりも、あくまでも社員が英語に対してどう感じているかが見えるようなアンケートを心掛けましょう。

5)選抜クラスでトライアル

英語学習から遠い社員が最も興味を持つのは、同じ部署、臨席の社員の英語学習です。選抜クラスの意義は、受講者の英語力向上は当然として、それ以上に、同じフロア―で働く未受講の社員への影響です。日本企業の特徴の一つである集団主義、横並び傾向こそ、英語研修ではモチベーション喚起にはとても重要な要素になりえます。選抜クラスであるため、一般社員よりはモチベーションも比較的高い集団である可能性もありますが、それでもその企業の英語教育施策を考える際のサンプリングとしては有効でしょう。実施ペースは、やはり自己学習による復習も考慮し2週間に1回、業務の疲労なども考えると1回2時間ぐらいが妥当でしょう。

 

8. 実例紹介:新入社員

当たり前のことなのですが、学生であれ新入社員であれ、教育提供側との年齢差・世代距離は年を追うごとに大きくなっていきます。新入社員の教育施策を考える際に重要なのが、この距離感です。

1)先方人事・教育担当者とのコンセプトすり合わせ

ステレオタイプに集団を分析する意義についてはさておき、ひとまず「最近の新入社員はどんな特徴がありますか?」というのが新入社員研修について論じるきっかけにはなるようです。ちなみに産労総合研究所によれば2023年(令和5年)のタイプは「可能性は無限大。AIチャットボットタイプ」だそうです。知らないことがあればその場でごく自然に検索をすることや、たくさんの情報を吸収しながら思考精度・生産精度を上げていくことなどは、まさにAIと似ています。

 

AIと若手世代との関係性について、私は2つの認識を持っています。一つは「便利なものは使い倒す」という至極真っ当な感覚。そしてもう一つは「AIを過信せず、自分自身のスキルを磨きたい欲求」です。それなりにAIツールは使ってはいると思うのですが、純粋に自分自身の英語運用力の鍛錬に、これまで以上に皆さん集中している印象があります。つまりAIがカバーできる領域とそうでない領域を割としっかり認識しているのだと思います。人生後半でデジタルと出会い、とかくAIに夢を託したり、AIに過剰反応しがちな中高年世代と違い、デジタルネイティブの彼らは、割と冷静にデジタルやAIの限界を知っているように感じます。このあたりのAI感覚も、新入社員研修設計には重要なポイントでしょう。「AIが生成する英語を鵜呑みにしないためのユーザー自身の英語力」が当面の新入社員研修で外せない視点でしょう。

2)実は「ビジネス英語」で真っ先に学ぶのは「ビジネスそのもの」

新入社員という母数の大きさを考えると、以下のような通信講座がお勧めです。これであれば人事・教育施策者にとって研修に付きまとう諸々オペレーションの手間はほとんどありません。ただ一点、そこにどのようなメッセージを添えるかは、人事・教育担当者の腕の見せ所と言えます。

 

英語力のレベル差が多様な場合、初級であれば、ひとまずは日本語でテキストを一読してもらうことで、ビジネスの2大舞台であるプレゼンとネゴシエーションのイメージングができます。

 

一方中級以上であれば、通常のビジネス英語習得を目指して取り組んでもらえばよいでしょう。実際、ビジネス英語をたくさん仕込んだからといって、新入社員がその英語を実地で使う機会がすぐにあるかはわかりません。筆者の体験としては、ある程度ビジネス経験を積んだ後にやってくるのだと思います。だからこそ、ビジネス英語教材の根底に流れている「ビジネスの進め方」はぜひとも一通り学んでおいていただきたいのです。

【英語でビジネスコミュニケーション実践編:プレゼンテーション・ネゴシエーション(ガイダンス動画)】

【英語でビジネスコミュニケーション実践編:プレゼンテーション・ネゴシエーション(詳細情報)】

3)自社や業界を徹底的に調べることで見えてくる日本語情報の限界

新入社員の場合、英語学習は最小限、通信講座の実施に留め、あとは目前の業務、自社、業界、競合状況、海外マーケットなど、本業に関する知識の充実に当面専念するのが現実的です。これらを深堀りし続ける限り、必ず海外情報へのアクセスというステージが訪れます。本格的な英語学習はそれからでも遅くはありません。むしろそれで辿り着いた海外文献、海外サイト、海外動画、そういったものを通して入ってくる英語こそ、ビジネスパーソンとして本当に必要な英語なのだと思います。

 

9.実例紹介:IT系

1)先方人事・教育担当者とのコンセプトすり合わせ

某グループ企業IT部門の英語研修で感じたのは、受講者が関わる関係部署、関わる外国人スタッフの多さでした。とりわけ当該IT部門で関わる外国人スタッフには2つの特徴がありました。

 

❶日本人英語に慣れているので、日本人側は無理に高度なネイティブ英語を使う必要がないこと

❷日本人の英語力を知っている外国人スタッフは、比較的わかりやすい英語で話してくれる

 

こうした環境であれば、最短で優先してやるべきことは、「中学英語を駆使して言いたいことを9割伝える」発信力につきます。彼らの頭の中の複雑な日本語を俎上に乗せ、それをシンプルな日本語に編集し、そこから英語化していく。自然と完結かつ論理的な英語に仕上がっていきます。ただ部門内の外国人スタッフの英語への評価は2分化していて、上記のようにわかりやすい英語で話す人もいれば、早口でまくし立てる人も相応にいたようです。このため外国人の早口英語への対策にTOEICによるリスニング鍛錬は欠かせませんでした。

2)専門用語をメインに会話スキットを設計

幸いなことに専門用語はほとんどカタカナかアルファベットなので、新たな単語学習の必要性も薄かったのは研修運営的には追い風でした。あとは外国人側と日本人側が共有する業務用語をふんだんに取り入れた会話スキットをクリエイトし、それを実際に使っていけばよいだけです。同時に、業務用語の定義理解に齟齬がないよう、改めて定義を確認する作業も必要になってくるでしょう。

【Chat GPTで作る業界用語集】

3)授業には自分が読んでみたいコンテンツを持ってきてもらう

以前、TOEIC研修の終盤で、自分の英語力はさておき、本来自分が読みたいと思う書籍やコンテンツを紹介してもらったことがありました。TOEICスコアップには直結しませんが、「本来、自分が本当に知りたい情報は何か?」を知っておくことは、TOEICでスコアアップを果たした後の学習継続モチベーションとなります。「Harvard Business Review」を持ってきた管理職の方もいらっしゃれば、英語講師には全くわからない航空系の専門書を持ってきたエンジニアの方もいらっしゃいました。他にも料理本や小説など、皆さんの関心は多岐にわたっていました。IT系であれば、以下の動画のように、DXについての原書講読のようなものを取り入れてもよいでしょう。Chat GPTをうまく織り込むことで、原書講読にありがちな「なかなかページが進まない、気が遠くなるような感じ」も最小限に留められます。

【Chat GPTの助けを借りて専門書を味わう】

10.まとめ

いかがでしたでしょうか?英語以外の外国語の場合、ゼロから学ぶ知識が多いため、基本的に教科書や先生の指導に忠実であればあるほど上達は早くなります。つまり自分だけの方略や、業務との連動性などを考えるまでもなく、「まずは覚えるべきことを覚える」が語学レッスンの基本となります。

 

一方、英語は「知っているけど使えない」という側面が格別に多いため、学習者個人個人の業務の現状や本人の特性など、多様なる対応が求められます。

 

また、現行の英語力よりもさらに高みを目指すには、やはり相応の努力が必要であり、この「しんどい部分」こそが伴走者としての法人向け英語研修の存在意義そのものだと言えます。社員の自己研鑽の力を信じつつも、それが最大限に花開くよう、ぜひ外部リソースの活用も検討してみてください。