グローバル人材育成の具体的方法と語学力~Chat GPT・TOEIC・TEDのポテンシャル

グローバル人材育成も英語力養成も、「どこから手をつけていいかわからない」感があります。またどちらに関しても、きわめて属人的要素が強く、「そもそも企業で教育できるものなのか?」という疑問もあります。まずはグローバル人材について改めて定義化して、その中における英語のポジションも再確認。その上で、Chat GPT, TOEIC, TEDなど様々なツールを使った具体的ソルーションを探っていきます。

 

 

 

1.グローバル人材の定義

グローバル人材について、文部科学省では以下のように定義しています。

・要素Ⅰ: 語学力・コミュニケーション能力
・要素Ⅱ: 主体性・積極性、チャレンジ精神、協調性・柔軟性、責任感・使命感
・要素Ⅲ: 異文化に対する理解と日本人としてのアイデンティティー

理系人材の英語教育歴が長い著者は、ここに要素+αとして、専門知識・専門技術を追加します。外資系メーカー勤務時代、私は日本人技術者と一緒に海外の会議に参加することがよくありました。そこでのコミュニケーションは、英語力を武器とした人材のそれとはかなり違うものでした。参考までに、技術者・専門職等の英語会議の特徴を4点挙げておきます。理系人材の英語教育施策には、こうした背景への配慮も必要でしょう。

<技術者・専門職等の英語会議の特徴>

❶技術用語・専門用語を駆使することで、技術者の総合理解が可能。

❷英文法はほぼ中学レベル。

❸参加者の関心は英語の熟練度にないが、代わりに積極的な発言による貢献が期待される。

❹ジェスチャー、図表など、英語力に依存しない要素を駆使する。

このような特徴を持った技術者・専門職への英語教育を含め、これかれらの社員教育を概観しますと、自社で行うべきこと(内製)と、外注で行うべきことに分けられます。現場で強くリアリティを感じる領域はOJTや内製、現場であまりリアリティを感じないものは外注が向いています。また別のとらえ方として、抽象度の高いものはOJTや内製、具体性の高いものは外注が向いていると考えられます。

図にするとこうなります。

【グローバル人材育成のための要素マトリックス】

要素II、すなわち内容的に一般的かつ抽象的な領域で、グローバル人材の要件として取り扱われるものの多くがこの領域に入ります。これらに関する一般的なビジネス本や研修はたくさんありますが、成功させるためには、相当現場のリアリティと連動させる必要があります。そうしなければ、現場体験の少ない若手にとっては「机上の空論」、ベテランにとっては現場と乖離した理想論にそれぞれ終始してしまう可能性があります。

 

要素IIIは海外からの情報のやりとりや、対人的交流などの領域で、要素II同様、現場のリアリティと連動させる必要があります。どんな国のどんな情報が必要かは現場・現業によって違いますし、異文化理解についても、取引のある国についての一般的知識は確かに大切ではありますが、やはり対人的なことは、実際に人とやり取りしてみないと見えてこないことはたくさんあります。

 

要素IIもIIIも、企業個々の事情に連動させられるかどうかが肝です。外注する場合には、OJTや内製研修のサポート役というような位置づけで協働し、決して丸投げにせず、内製にある程度ウエイトを置くことを心掛けましょう、

 

文科省のグローバル人材の要素には入っていませんが、テクノロジーが目まぐるしい昨今であれば、専門技術・専門知識も欠かせません。こちらは要素IIやIIIと違い、かなり具体性があり、かつ、外部からでしか取り込めないものも多いので、外注をベースとしながらも、それらの専門性を自社にカスタマイズさせていく視点も必要でしょう。

 

要素I、すなわち英語を代表とする語学力教育の主な特性として以下が考えられます。

❶リアルなビジネス英会話は、中学英語に専門用語が加わったものであり、専門用語を除けば極めて普遍性が高い

❷情報理解ならびに情報伝達伝で必要な英文法は業種・職種を超えて普遍的なものである

❸筆者の研修肌感覚として7―8割が実際に英語の必要に迫られていない

こうした特性から、最も現場リアリティとの連動性が求められない領域です。その一方で、現場リアリティとの連動性が薄いからこそ、必要性を強く感じることもなく、なかなか社員の習得率が上がらない問題も語学力ならではの課題です。この領域こそ「学習方法」「モチベーションマネジメント」のノウハウが豊富な外注に任せるべきだと個人的には思います。つまり外注の比率を大きめにとりつつ、内製的視点も取り込むイメージですね。

 以上をまとめますと、社員教育は内製中心でできるものと、外注に適しているものがあり、語学力はまさに後者であり、良い意味での「外圧」をかけながら、ある程度トップダウンで進めていく必要があります。

 

2.学校と会社では主体性のニュアンスが違う

「主体的に学習しなければ定着しにくい」は英語に限らずあらゆる教育における共通認識でしょう。確かに中上級者の学生に英語講義を提供していると、一見彼らは主体的にに英語を楽しんでいるように見えます。しかし、ここには盲点があります。それは、彼らには小中高や大学受験というこれまでの「蓄積」という歴史があること。学校の授業や大学受験というある意味「半強制的な学習環境」の中で学べてこれた環境であったことなどです。これらの下地があるからこそ、これまでインプットしてきたものがアウトプットとして開花している今が楽しいのだと思います。社会人の英語教育の場合、多忙な業務の中で、彼ら学生同様に「蓄積」「半強制的学習環境」を提供しなければならないという、社会人ならではの難しさがあります。社員に楽しくかつ主体的に英語学習と取り組んでもらうために、教育施策者にとって、表向き「主体的に英語学習を尊重する」体裁をとりつつ「蓄積」「半強制的学習環境」へ誘導していけるかどうかが腕のみせどころです。

 

3.手厚い教育施策と頭脳流出

ここではざっくりとしたポイントだけ見ていきます。まず大前提として、若手を中心に、employability(エンプロイアビリティ)へのこだわりが強まっていることを認識として共有しておきましょう。エンプロイアビリティとは平たく言うと、転職できるための能力のことで、エンプロイアビリティが高いほど、転職に有利になると一般的には考えられています。1980年代のアメリカで生まれた概念で、これに含まれるものとしては、業務遂行に必要な知識・技能・思考特性・コミュニケーション特性などがあります。

 

エンプロイアビリティの時代にあって、ますます難しくなるのが「人材の囲い込み」「自社への忠誠心の涵養」という自社内側へ向かう方略です。一方、この時代ますます活発になるのが「越境学習(異なる環境に身を置き働くことで視野を広げる体験型学習)な視点を得る」「リモートワーク」「プロボノ(自分自身の職業経験やスキルを活かして取り組む社会貢献活動)」「業際研究」「他社との共創」といった自社の外側へ社員の思索や活動を解放していく方略です。

 

4.エンプロイアビリティとエデュカビリティの綱引き

エンプロイアビリティという発想の浸透もあり、社員は会社という所属意識よりも、転職に耐えうる個人のスキルの練磨に関心が移りつつある昨今では、グローバル人材育成の主導権も企業から個人へ移りつつあると考えられます。これを研修文脈で考えると、「この会社はたくさん研修や学習プログラムを用意してくれているから、この会社に居続けよう」というシナリオだけでなく、会社費用で学べるだけ学んで、強かに転職や独立を狙うというシナリオも想定しておかなければなりません。

 

このように社員全員に同一の教育施策を提供するのが難しい時代にあって、個人のエンプロイアビリティ優先の時代にあって、グローバル人材育成で留意すべき点は何なのでしょうか? 

 

実はエンプロイアビリティの中で、なかなか個人では身につかない領域があります。それは先述のグローバル人材定義のI型、すなわち語学です。「習得に膨大な時間と期間を要する」語学の特質は、昨今の文脈に落とすと「コスパの高くない領域」と捉えられることが多いです。とりわけ知識やスキルのアップデート速度が加速する一方の昨今、英語につきまとう「積み上げ科目」の顏は、ビジネスパーソンを遠ざけてしまいます。このトレンドを前向きに捉えれば、個人で本腰入れて学ぶのが難しいからこそ、ここに人材育成部門が関与する余地がまだまだあるという考え方も可能です。このように教育によるスキルアップの可能性をエデュカビリティ(educability 陶冶性とうやせい)と言います。これからのグローバル人材育成では、社員自身のエンプロイアビリティと教育施策側のエデュカビリティの絶妙なバランスが求められるようになるでしょう。

【グローバル人材育成のカギはエンプロイアビリティとエデュカビリティの雑妙バランス】

それでは、社員のエンプロイアビリティへ目くばせしつつ、エデュカビリティを最大限に引き出す具体的な教育施策について「語学」という切り口で見ていきましょう。

 

5.グローバル人材育成の具体的方法

 

1)「グローバル対応力=英語力を疑え」を疑う

例えば、こんな比較をしてみましょう。ものすごい文才があるのにPC嫌い、IT嫌いでキーボードはおろか、一切のITツールを使わないAさんと、文才はないがキーボード打ちがものすごく速いBさんがいるとします。その前提で、Aさんのその文才はこれから先開花する可能性と、Bさんがキーボードを打ち続けながら文章センスを人並ぐらいまで向上させていく可能性を比較してみます。

 

この問いに正解はありませんが、現代という時代においては、Bさんの方に能力開花の可能性を感じるのではないでしょうか?熟練にはどうしても「量」という壁があり、大量の文章を日々打ち続けているBさんは、知らず知らずのうちに文章センスを磨いていることになります。一方Aさんの方は、せっかくの文才があっても、熟練に必要な「量」の洗礼を受けることがないため、その能力がある日突然開花するかどうかは運次第、どちらかというと厳しい感じがします。

 

グローバル対応力と英語力の関係も、この「文才か?文字打ち量か?」に近いものがあります。つまり、日々の英語力鍛錬なしに、抽象的なグローバル対応力など、身に着けようもないのです。冒頭のグローバル人材の要素II型を見ていただければ、これらをコミュニケーションツールの英語なしに、どうやって外国人に対して発揮できるのか想像してみると、「グローバル人材≠英語力」という一般的な論調に微妙な距離感が生まれ、「抽象的な能力を高望みする前に、愚直に英語力鍛えよう」というスタンスになっていくこともあるのではないでしょうか?

こうした問いを経て、以下はひとまず英語力を向上させることをメインとして見ていきます。

 

2) 語学力が先かコミュニケーション力が先か?

授業設計では毎度毎度、TOEICやTOEFLと言ったテスト対策系の学習と英会話を中心としたコミュニケーション系の学習との配合で悩みます。言い方を変えると、「語学力が先かコミュニケーション力が先か?」ということになります。語学習得までの期間的猶予がある場合、ひとまず英会話を支える「相手側の発言を理解する力=リスニング」をTOEICなどでしっかり鍛え、これがある基準に達してから、コミュニケーション(相手とのやりとり)やスピーキングに移行するのが確実です。

 

ただし、TOEICをはじめとする受信系学習は、どうしても退屈な面や、大量インプトに耐え忍んだりと、地味でハードな側面があることは否めません。加えて社会人の場合は、多忙な業務に加算されるのが英語なので、ここは心理的負担にならないよう、楽しいコミュニケーション的要素をある程度交えつつ大量インプットへ誘導していくことも大切です。特に、「英語は地道なインプットが多くコスパがあまり高くない」と感じている社員に対しては、早い時期に、アウトプットの面白さ、コミュニケーションの楽しさを導入することが望ましいかもしれません。もちろん地道なインプットの覚悟ができている社員であればその限りではありませんが。

 

3)TOEICが先かビジネス英語が先か?

この問いも悩ましいです。私自身、TOEIC講師として感じるのは、スコアを絶対視する風潮はかなり後退している社会的空気です。例えば海外出張要件TOEIC600点という社内規定に対して、TOEIC595点のAさんがいるとします。とある海外プロジェクトでAさんがキーパーソンである場合、「社内規定はさておき、ひとまず海外へ派遣する」というスタンスがもう珍しくないということです。こういう時代にあっては、地道にTOEICで受信能力を磨いてもらいつつ、いつでも海外で、あるいは国内の外国人と積極的に交流できるように、一般的なビジネス英語を早々に導入すべきだと思います。そもそもTOEIC自体がビジネス英語のテストであり、ビジネス英語表現の宝庫でもあるので、このあたりは通常のTOEIC研修を行いつつ、実務に連動させていくことは十分に可能です。

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4)英語研修につきまとう「他人事感」の克服法

理系人材に対する英語の教えやすさの背景には、前提として、「今の時代、国内情報、日本語情報だけで完結するサイエンスがない」という認識があるからなのかもしれません。この認識に総論では賛成でも、各論となると、まだまだ英語は他人事感、すなわち、自分には無用という「他人事感」が否めません。そこで英語を自分事、自社事に引き寄せる「英語素材のカスタマイズ化」が必要となります。実はこれこそ私が執筆において長年悩んできたテーマでもあります。つまりどれだけ工夫をしても一般書籍では読者対象を広げざるをえなく、この業界のこの企業のこの人に完全カスタマイズ化することは不可能でした。まさにこれを可能にしてくれたのがChat GPTなのです。

 

私自身、Chat GPTやGoogle Bardは日々かなり使っているのですが、最近、ファクト系検索では嘘の情報がかなり紛れ込んでいるため、ダブルチェックしたり、そもそも使用を控えたりしています。その点、「使いたい英単語を盛り込んだ創作スキットを作らせる」というタスクでは本領発揮してくれるようで、次々と面白いスキットを提示してくれます。そうです、呼吸するようにChat GPTで自社・自分に最適化された英語スキットを作って、自社・自分関連領域内で英語学習を完結させてしまう時代はもうそこまで来ているのだと思います。

【Chat GPTで社員各自のオリジナル英会話スキットを作る】

ただここで注意しなければならないことがあります。AIが作った英語スキットをよく読むと、文脈的におかしかったり、不適切な表現なども散見されます。つまりAIが生成した英文は、必ず生身の人間がチェックする必要があるということです。この一点があるために、私たちはAI全盛時代にあっても、自分自身の英語力の練磨を怠ることはできないのです。AI使い倒すほどに実感するのがユーザー側の英語力の必要性です。自動翻訳を使い倒すほどに、英語学習の恩恵を感じるとはなんとも皮肉なものです。
 
【AI生成英文は必ず人間が目を通してから外へ発信する】

 

5)健全な危機感

英語学習者でとりわけ人気を博している学習素材としてTEDがあります。実はTEDを使った英語学習の動画は、研修受講者からのリクエストが発端でした。TEDとはTechnology Entertainment Designの略称で、様々な分野の専門家が英語でプレゼンテーションを行う番組です。私がとりわけ学生や社会人にTEDを推奨する理由は、そこで展開される英語が英語学習者への配慮が良い意味で全くなされていない「生の英語」であることにつきます。

 

英語の効果的学習法は、我々の思考言語である日本語でしっかり情報収集すべきだと思いますが、その肝心の英語素材は、可能であれば「生の英語」が理想です。これに触れることで、日本人同士日本語で英語の必要性云々を議論することでは得られない、ある意味健康な「危機感」が得られます。たとえば「話し方を気にする以前に、圧倒的に相手の英語が聞き取れないと何も始まらない」危機感、「英語云々以前に話す中身を太らせないとそもそもグローバルな土俵には立てない」危機感、「内容重視が徹底している海外筋では細かな文法にこだわる時間など一秒もない」という危機感などです。

【TEDを使った長文聴解トレーニング】

【TEDを使った長文速読トレーニング】

【TEDを使った即興スピーキング】

 

なお、TEDはその番組の特性からパフォーマンス性が高く、実際のビジネスプレゼンは大雑把にいってもっと地味で平易です。したがって、TEDをそのままプレゼン素材として使うと、多くの学習者は消化不良を起こしてしまいます。上記のように、長文聴解、長文速読、即興スピーキングなど、ある程度用途を限定しておくと、消化不良を起こさず、しっかりと自分の英語力に反映させていくことができます。

 

6)英語研修で忘れられがちな「業界コミット性」

英語という言語そのものへの関心が高くもないかぎり、ビジネスパーソンの多くの関心は、英語よりも自社の本業に向かいます。企業内での英語教育施策を考える際、一番留意しておきたいところです。つまり、企業内での英語教育施策の成功のカギを握っているのは「業界コミット性」にあると言えるでしょう。では、この「業界コミット性」はどのようにして担保していけばよいのでしょうか?

 

ここでChat GPTが非常に役立ちます。何らかの専門領域に身を置くビジネスパーソンであれば、その領域において、今読むべき書籍が気になることでしょうから、まずはこれをChat GPTに英語で尋ねてみましょう。英語で尋ねることで、限られた翻訳本や国内印刷物の域を超えて、グローバルな視点での書籍選択が可能となります。その中から何か一冊取り上げたら、実際の読書においてもChat GPTを活用します。一例として、当該書籍の目次を提示して、それらから考えられるショートストーリーを作ってもらうことで、これから読む本の大まかなイメージを掴むことができます。あるいは、著者の略歴を尋ねてみてもよいでしょう。そもそもユーザー自身が業界の専門家なので、Chat GPTが生み出すショートストーリーの妥当性もそれとなくわかるはずですから、「このショートストーリーは実際の本文とはかなり違うはずだ」とか「このショートストーリーに近いような内容かもしれない」とあらかた想像しておき、その検証目的で本文の読書へ進んでいくことができます。

【業界コミット性:例えばDX界隈なら英語学習とDX文脈を連動させる】

 

7)修得までの時間を考えると「自学促進」が原則

学び方は研修で教えられても、その実行となると基本的に自学が中心となります。これは研修費用や時間、定着に必要な期間を考えれば当然です。ただ一度習得した自学方略は、英語を離れ、他の勉強にも応用可能ですから、その点においても自学のマインドセットを早期に固めておくのは長期的にも有益でしょう。

 

ところで英語講師歴の歴史は、「英語に限らず勉強をやりたがらない人」との遭遇の歴史と言えます。しかしながらよくよく観察しますと、これは本人の学習特性と指導内容のズレであることがわかります。アートをはじめ非言語的アプローチが得意な人に、言語的アプローチだけで攻めてもなかなか「やる気スイッチ」は見つかりません。同様に言語よりも実際に身体を動かす人も同様です。また何事も体験を通して学ぶタイプの人にも座学的アプローチは刺さりにくいです。やはり各自に合った自分だけの学習方略を探るためにも、自学の最適化はとても重要です。

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8)AI丸投げ回避のためにあえてAIを語学に取り込む

私自身、自動翻訳ベビーユーザーとして実感することがあります。実際に使ってみると誤訳も多いため、かえってユーザーとしての英語力鍛錬の必要性を感じます。これはChat GPTやGoogle Bardも同様です。便利な反面、やはり生身の人間の精査がどうしても必要だと痛感します。逆に言えば、この時代において、手放しで自動翻訳やAIツールに任せることは相当危険です。

 

AIツールへの反応は世代でも違います。学生や20代のビジネスパーソンあたりですと、これらの話題がほとんど登場しません。おそらく彼らは呼吸するようにデジタルツールを使い倒しているため、その不完全さ、頼りなさも自然に心得ているのだと思います。タブレットが登場した時、それを使いこなすことがカッコイイとされた時期はすぐに終わり、今は誰もわざわざ「タブレットは便利だ」とか「もっとタブレットを活用すれば諸々楽になる」などと語らなくなったことにどこか似ています。

【Chat GPTで業界用語満載の自社オリジナル会話スキットを作る】

 

9)異文化コミュニケーションで避けて通れない「宗教の壁」

一説によれば、特定の宗教において食事への規律が厳しい背景には、衛生的な要因以外に、異端排除や改宗の防止があったらしいです。つまり、小さい時からAという食材を禁じられている信者は、Aを食する他の宗教の信者と、そもそも食事を共にすることができません。また、幼少期からAを食したことがないために、そもそもAを食べてみようという気持ちも生まれにくいです。。つまり、特定の食べ物を禁ずることには、他宗教との交わりや改宗を防ぐ効用もあるようです。見方を変えれば、食事は、同胞か否かをく分ける一つの手段でもあります。私自身、外資系企業に転職する際、関係者と会食もしましたし、入社後も取引先が来日する際には必ず飲食を伴う接待の場を設けました。ビジネスの場面での食事は、お互いがパートナーとしての付き合っていくことを確認する儀式と言えます。また会食準備では相手方の飲食について事前に調べますが、「食べられないもの」情報の中に宗教・信条をはじめとする様々なライフスタイルへの配慮がどうしても必要になります。

 

こうしたことからも、異文化コミュニケーションの入り口は飲食にあると考えられます。会食時の話題においても飲食は万能であり無難です。目前に提供されている料理について語るのもよし、お互いの国の食文化について語るもよし、最後まで和やかな雰囲気で過ごせるのが「食」という話題の魅力です。

 

一方、会食で回避すべき話題は、政治と宗教と言われています。ただし宗教については話題にはしないものの、自分側の宗教観を説明できるようにしておくことと、相手側の宗教観をある程度理解しておくことは大切です。

<日本人の宗教観を英語で伝える上でお勧めの教材>

●外国人によく聞かれる日本の宗教 ジェームス・M・バーダマン 著 IBCパぶりシング刊

原則として、自分から率先して宗教を話題にしない方が無難ですが、相手側が日本人の行動様式に違和感を抱いている場合には、多少なりとも説明してあげる必要はあります。いわば、会話の応急措置という位置づけで、上記のような書籍を使い知識武装しておきましょう。

<日本人の宗教観とキリスト教の宗教観の違いを知る上でお勧めの教材>

●沈黙 遠藤周作著

●映画「沈黙 Silence」

【映画を使った英語学習法】

昨今TEDで英語を学ぶ人が増えています。TEDの中には、日本人の理解がなかなか浸透していない、難しい宗教領域のプレゼンもあります。とくに昨今注目されているのがイスラム教であり、もはや「理解できない」「宗教にうとい」では済まされない時代の空気感もあります。なかなか多くはないのですが、何か自分の理解を超えたものを知りたいときには、自分たちの価値観に少しでも近い人を探すとよいでしょう。自由や民主主義を探求する欧米人、その影響を色濃く受ける我々日本人と同じスタンスを共有しているムスリムである、マージド・ナワズ氏の動画であれば、共感できる日本人は多いように思います。

【TEDの宗教系コンテンツで英語力を鍛える方法紹介動画】

日本人も知っておくべきイスラム教~その導入としてお勧めの動画⇒Maajid Nawaz 氏によるプレゼン

外資系勤務時代、アメリカ人のあのアグレッシブさ、教養の深さ、思考スケールによく圧倒されました。TEDで同様な感想を持っている方も多いのではないでしょうか?単なる英語鍛錬という次元を超えて、こうした 外国人の言動の根底にあるものを探ることも、異文化理解と言えるでしょう。TEDはこうした異文化理解の素材としても有効です。

【TEDで堪能するイーロン・マスク】

10)日本語の段階で論理的な日本語を心掛ける

グローバル人材は、突然研修などで短期的に育成できるものでもなく、日頃の日本語での業務遂行から「論理的思考」を心掛けることにより、ゆっくりと洗練されていくものです。ただ、その論理的思考も、将来のグローバル展開を見越して、日本語と英語両方で鍛えておいた方がよいでしょう。とりわけ交渉では、この論理的思考ならびに、それに支えられたコミュニケーションの胆力が鍛えられます。いきなりグローバル人材育成という抽象度の高いとこから始めずに、ひとまず、論理的で、かつ、言語は英語を使って、プレゼンとネゴシエーションができる、もしくは「できるイメージ」を社員に持たせることから始めるのも一計です。以下動画で紹介させていただく通信講座は、通常のビジネス英語教材として以外にも、和訳部分を使って、日本語ベースでの論理的思考鍛錬の教材として使うことも可能です。

【論理的思考を英語プレゼンとネゴシエーションで磨く】

【英語でビジネスコミュニケーション実践編:プレゼンテーション・ネゴシエーション(詳細情報)】

 

6.まとめ

これまで企業・大学問わず、理系人材を中心に英語教育を提供してきました。つくづく英語は学習者本人が元来持っている知力・思考力・専門スキルを引き延ばす脇役ツールであることを実感してきました。これをビジネス文脈に落とすと、何はともあれ本業力があってはじめて英語力の議論に進むことができるということです。そして優秀な人材ほど「本業力>英語力」というパワーバランスを弁えています。これが「英語力>本業力」に逆転することはまずありません。

 

一介の英語講師が「本業力>英語力」と人材育成のエキスパート各位に今更訴えるのは、まさに釈迦に説法ではありますが、グローバル人材育成とて、やはり本業力あってのグローバル対応力であることには変わりありません。またそういうメッセージを強く打ち出せば打ち出すほど、グローバルという言葉に浮かれることなく、目前の自社業務にコミットするマインドセットが醸成されていくように感じます。英語研修を「転職のためのスキルアップ」としてしまわないためにも、あらゆる研修・教育をどれだけ本業コミットにつなげていくかが、これからのグローバル人材育成の重要課題だと私は考えています。